カンボジアに住む日本のマザーテレサ「メアス博子」

旅 カジノ

 

日本人女性

メアス博子さん(41歳)

シングルマザーである。

 

彼女は15年間、カンボジアで貧しい子供たちを救っている。

現在28名もの孤児が住む

孤児院スナーダイクマエ

という場所で過ごしている。

メアスさんの実の息子の拓見(たくみ)くんもここでともに過ごしている。彼女とカンボジア人との子供だ。

 

 

彼女はこれまで80名もの孤児たちと生きてきた。

孤児は大人になると社会へと旅立つ。その年齢まで彼女は母親の様に孤児たちと接する。

孤児たちはみなメアスさんの事を「お母さん」と日本語で呼ぶ。

とても愛されているのが分かる。

 

 

このスナーダイクマエ孤児院では、あらゆる事情で孤児になった子供たちがいる。

ある男の子は親から暴力を振るわれ、ある女の子は大人の男性から性的虐待を受け

またある男の子は親から一切の教育を受けてなかったり、ある女の子は親から奴隷のように扱われていたり。

親に売られそうになったチョムラン君(20歳)はスナーダイクマエに15年いる年長者だが、彼は親から勉強をさせてもらえなかったため、小学1年生を4回経験した。

 

そんな境遇の子供たちに、メアスさんは分け隔ての無い愛情を持って接する。

洗濯の方法すらわからない子には、一緒に洗濯をして教えたり

一緒に料理をしながら、料理の仕方を教えたり

家族と一緒に食べるカレーは何よりも美味しいという事を教えたり

本当の母親がそうするように、メアスさんは子供たちにあらゆることを教えているのだ。

 

しかし彼女はなにも優しいばかりではない。

孤児の中には、悪さをしたり法を犯さないと生きていけない子もいた。

そんな子がもし、孤児院の中でも悪さをしてしまったら。

彼女はその事を絶対に許さない。悪さをした事を本気で叱るのだ。

彼女と過ごした子供たちはみんな、常識と優しさを培う。

 

メアスさんが住む村には現金収入が全くない。

そのため、日本の支援物資によって成り立っている。

実はこの支援物資は全て、メアスさん自信が日本に呼びかけ始まった支援なのだ。

 

 

では一体なぜ、メアス博子さんはこのカンボジアの孤児院で暮らすようになったのか?

 

1974年

和歌山県で生まれた博子さん

彼女が22歳になった1996年

彼女の母親の友達がカンボジアに学校を作ったため、彼女はその挨拶がてらカンボジアへ。

そしてそこで夫となるティーさんと出会った。

その後1998年に12歳年上のティーさんと結婚した。

このティーさんの夢は、孤児院を作って貧しい子供たちを救う事だった。

 

そしてその数年後、実家がそこそこ金持ちだったティーさんは実際にスナーダイクマエ孤児院を設立したのだ。

その後、首都プノンペンにあるティーさんの実家に住んでいた彼女だったが、人手不足となった孤児院の手伝いをしに、スナーダイクマエのあるシェムリアップへと移り住んだ。

 

しかしメアスさんはティーさんと別れることになった。

その理由は子供たちのためでもあった。

 

ある時夫のティーさんが、孤児院の敷地内にお金儲け目当てで宿泊施設を作ろうとしたのだ。

子供たちからすれば、自分の家の敷地内に知らない人たちがひっきりなしにやってくる。

こんなに不安な事はないだろう。

そのため、メアスさんはティーさんに猛抗議。宿泊施設の運営を反対したのだ。

 

そのいざこざののち、夫であるティーさんは孤児院に来なくなった。

そしてメアスさんとティーさんは離婚した。

 

 

世界には色々な境遇の人がいる。

苦労をしてきた人、苦労を知らずに過ごしてきた人。

もし今まで苦労をしてきたという方。

その苦労をここで報いてみませんか?

 

 

 

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